本日の『ムーブ!』は亀田叩きで盛り上がったが、個人的には『週刊パラパラ』に出てきた話の方に衝撃を受けた。
正確に言えば、『ムーブ!』の中で紹介された週刊新潮にだが、此処にそれをテキスト化し、紹介する。
■朝日放送『
ムーブ!』 2006年8月3日
*出演者
堀江・・・ABCアナウンサー・堀江政生氏(
1989年入社)。
上田・・・ABCアナウンサー・上田剛彦氏(
1998年入社)
関根・・・元ABCアナウンサー・関根友実氏。アシスタント。
宮崎・・・書評家・宮崎哲弥氏。
橋下・・・私生活を切り売りする豪快な弁護士・橋下 徹氏。
大谷・・・ジャーナリスト・大谷昭宏氏。元・読売大阪支社「黒田軍団」の一人。
堀江 : え〜、に、日本経済新聞の大スクープに、週刊新潮が、真っ向から反論です。
こちらの記事から行きましょう。

上田 : 本日発売『週刊新潮』8月10日号です。

『昭和天皇『富田メモ』は、世紀の大誤報か?
先月20日、昭和天皇が、A級戦犯の靖国合祀に不快感を持っていたという、富田メモが、日本経済新聞のスクープ記事として掲載され、日本中が大騒ぎになりました。
しかしあの報道は、『世紀の大誤報』ではないのかと、週刊新潮が、指摘しているんです。

『新聞でメモを見た時は、父が言っていたのと、同じだなぁと、思いました。』
こう話すのは、徳川義眞氏71歳。
この徳川義眞氏の父は、

徳川義寛・元じじゅ侍従長。
1992年の2月に亡くなっています。
2.26事件が起こった36年に侍従となり、85年に侍従長に昇格。
88年の勇退まで、昭和天皇に仕えた『側近中の側近』と言える人物です。
その長男である、義眞氏が、

今回の富田メモに書かれていた内容を見て、
『父の発言に似ている』というんです。
富田メモについては、『本当にこんな事を、昭和天皇が仰るだろうか?』と疑問を持つ専門家は少なくありません。
当時、日本の指導者達が、

A級戦犯とされて行った時、昭和天皇が心を痛めていた事や、
『アメリカより見れば、犯罪人ならんも、我が国にとりては功労者なり』
と、語っていた事は、様々な資料で明らかになっていて、メモの内容とは違和感があります。
また、

神社本庁の関係者は、「一般的には、陛下が神社に行かれる事を、
『行幸(=天皇が出かけること。みゆき。行き先が二か所以上のときは「巡幸」という。三后・皇太子・皇太子妃・皇太孫が外出することは「行啓」。)』
といい、陛下ご自身が、『参拝』という、謙譲語を使うのは、おかしい」という指摘もあるんです。
一方で、徳川義寛・元侍従長は、生前に、

『靖国神社は、元来、国を安らかにするつもりで、奮戦して、亡くなった人を、祀る筈なのであって、国を危うきに至らしめたとされる人も合祀するのでは、異論も出るでしょう』
と、語っていました。つまり、

徳川氏の生の声は、富田氏のメモの内容にそっくりだと言えるわけなんです。
富田メモが書かれたとされるのは、1988年。
昭和63年の4月28日です。
当時の宮内庁記者が振り返ります。

「8ヶ月後に崩御される陛下にとって、昭和63年4月29日は、最後の誕生日になりました。
前の年に手術をされ、この時も体調がお悪かったのです。
天皇誕生日に会見記事を出す予定だった、マスコミ各社は、富田長官ら幹部に対して、陛下の御言葉の背景について、

ブリーフィング、説明ですね、してもらわなければなりませんでした」というんです。
一方、昭和天皇の全てを知る、徳川氏が、侍従職・参与と成って、初めての出勤日が、書かれたとされる問題の、4月28日。
仮に富田氏が、

体調の優れない昭和天皇ではなく、天皇のお側に、五十年余りに亘って仕えた徳川氏の意見を聞いたとしたら、どうだろうか?と、週刊新潮は言うわけなんです。
堀江 : ほぅほぅほぅほぅ、なるほどね。
上田 : では日経新聞は、これを『徳川氏の意見』、では無くって、『昭和天皇の御言葉だ』という風に、どう検証したんでしょうか?

に、日経新聞の社長室です。
『富田メモは今年5月に入手したもの。
日記が十冊と手帳が二十数冊です。
全てに目を通して点検し、歴史家などの意見を聞いて検証を上で、報道しました。』
しかし、その具体的な検証方法について尋ねるますと、
『詳細については申しあげられません。』と、これは拒否されたんですねぇ。
『国民全てが共有するべき歴史的な史料に対して、この理不尽な態度は信じ難い』と、週刊新潮は憤っています。
堀江 : 『あれは誤報じゃないか』という話が出てきました。
宮崎さん、どうですか?
宮崎 : このぉ〜、メモに関しては、今までこのぉ〜、、矛盾点が指摘されていて、
堀江 : ぇぇ。
宮崎 : 裏、裏の側に、ですねぇ、

ぷ、『pressとの会見』とかいうのがあったんですねぇ。
堀江 : はぃ。
宮崎 : 或いはその、其処のメモの下の方にも、『関連質問』っていうのが
で、今朝のですねぇ、日経新聞、一応、これを読むと、どういうストーリーに成ってるのか、その矛盾点というのは、その、岡崎久彦さんなんかが、指摘された矛盾点てのは、一応ストーリーとしては、矛盾無く、矛盾じゃなく、矛盾無いんだって形にはなってます但し
堀江 : 今日の日経の、ぉ、社会面ですよね?
宮崎 : 社会面です。社会面ですねぇ。
但しぃ、これがじゃぁあのぉ、証、かか確実な証拠が挙げられてるかというと、そうではなく、一応ストーリーとしては通ってるっていう、話、だけです。
堀江 : ほぅ。
宮崎 : もう一つ。
この週刊新潮の記事で、も、最もじゅ、重視すべき点は、今まで御説明されたところでは無くて、此処、此処なんですよ。
みく、御厨貴さんっていう、あのぉ、そのぉ、検証したそのぉ、学者の一人と言われてる方がですねぇ、
私は公開された、あの部分のメモしか見ていない。
堀江 : ・・・え?
宮崎 :
あの部分のメモしか見ていないと言ってるわけ。御厨さんが。
堀江 : はぁ〜〜…!ええ。
宮崎 : で、「徳川さんの発言ではないか?」という人も居てるという事も重々承知していますが云々云々と、あの、まぁ、「あれは天皇、昭和天皇の発言だろう」という風に、言ってるんだけれども、それは、
あの部分のメモしか無ければ、、見ていなければ、憶測に過ぎません。
堀江 : はぁ〜〜…!。
宮崎 : これは私はねぇ、、きょ、驚愕しました。
というのは何故かというと、7月23日の日本経済新聞で、半藤一利さんと、これも、このぉ、検証されたといわれてる作家の半藤さんね、と御厨さんが、対談していて、ぇ〜、半藤さんが、このぉ、昭和天皇の違和感、不快感というのは、A級戦犯全体の合祀に、ぇ〜、対してのものだという事を仰ってる。
それに対して御厨さんは、「私もそう思う」と言った。
あのね、
あのメモだけを見てそんなところまで憶測するというのは、私は絶対に出来ないと思います!堀江 : あのぉ『歴史家等にも検証してもらった』っていう、日経側の言い分の、正にその
宮崎 : 日記なんかをちゃんとうんと精査されたものでは無くて、メモしか見ていないという事だったらねぇ、私はねぇ、申し訳無いけど、御厨さんの、学者、としてのですねぇ、
橋下 : これ、その御厨さんていう人の、が、この日経の、このメモについて、あの『信憑性がある』っていう事を、
宮崎 : そういう事です。
橋下 : お墨付きを出したと。
大谷 : その人だけとは限らないでしょ?
宮崎 : いや、他にも半藤さんや、秦郁彦さんも何かもいるんだけれど、
堀江 : 全部見たのか!?って事ですよね。
宮崎 :『この人達が全員見てるんだ!』と。五十冊の日記を。
で、、、と思っていたら、御厨さんのコメントだと、『メモしか見ていない』。
橋下 : これはねぇ、私、驚くべき発言だと思います。
日経の、それ以外を公開するつもりは無い、とかいう事も、。
宮崎 :いや、そうです。
これはねぇ、もう、いよいよ公開しないと、話にならないと思いますね。
私も、宮崎哲弥氏と同意見だ。
因みに拙サイトでも問題の日経の対談(2006年7月23日の33面)を紹介しているが、その内容は、大半が単なる両者の主観や思想に基づく、このメモに書かれている内容についての解釈で占められており、検証に於いてはそれほど参考になっていなかった(という事を私自身指摘した)。
■
『昭和天皇の御意志』と所謂『A級戦犯』合祀 其の七 あの対談を読んだ時点で、「これメモだけ見て語ってないか?」としか思えなかったわけだが、この日経のスクープが出て以降、一応、日経新聞という一流の新聞社が、それなりに、富田元宮内庁長官の遺品である日記、手帳全体を精査・検証した上で、あのメモを出し、そして23日には対談も企画した・・・そういう敬意を払った前提で見てきただけに、
『あのメモの部分以外見ていない』
というのは、本当に驚愕の事実だ。
はっきり言って、日経と、半藤一利・御厨貴氏らが行った事は、詐欺、ペテン、デマゴーグの域である。
それは即ち、『日経新聞は昭和天皇の御言葉を騙った』という事も意味する。
何故なら別段何の検証もしていないのだから。
そうなると誤報でも何でもない。
ただの『騙り』である。
もっと言えば、例え今後、あのメモの内容が100%昭和天皇の御言葉を記したものであった事が確定しても、まだ然して検証の済んでいない現時点で、あれを『昭和天皇の御言葉だ』と断定して靖国神社の参拝肯定派を罵ったり、A級戦犯分祀などを求めようとした輩などは、真の逆賊とでもいうべき存在だろう。
何故ならそれは天皇の御言葉を騙ったのと同様だから。
敢えて誰とは言わんが小沢一郎とか古賀誠とか共産党員とか社民党員とか色々。
日経側が然して検証せずにあのメモを昭和天皇の御言葉として公表したという事がほぼ判明した以上、もう一々、一刻を争うかの様に検証したり、抗議する必要はない。
ただ只管に日経側に、富田元宮内庁長官の遺品である日記、手帳を、史料として広く国民に開示する事を要求するだけでいい。
本当に正当な検証を経た上であのメモをスクープとして報道したのであれば出来るはずだ。
それが出来ないというのであれば、今後は日本経済新聞について『昭和天皇の御言葉を騙って人心を惑わす逆賊』と看做し扱うべきであり、また日経自体、身から出た錆であるのだから、そう看做されてもやむを得ない立場である事を自覚すべきだろう。
参考
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西村眞悟ホームページ・眞悟の時事通信 慰霊の月関連記事
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『昭和天皇の御意志』と所謂『A級戦犯』合祀 其の壱 ■
『昭和天皇の御意志』と所謂『A級戦犯』合祀 其の弐■
『昭和天皇の御意志』と所謂『A級戦犯』合祀 其の参■
『昭和天皇の御意志』と所謂『A級戦犯』合祀 其の肆 ■
『昭和天皇の御意志』と所謂『A級戦犯』合祀 其の伍■
『昭和天皇の御意志』と所謂『A級戦犯』合祀 其の六■
『昭和天皇の御意志』と所謂『A級戦犯』合祀 其の七 ■
『昭和天皇の御意志』と所謂『A級戦犯』合祀 其の八