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捨てる神あれば拾う神あり
 「政治家だって使い捨てでいいじゃないか」

 確かこんな感じの事言ってた人が国家の宰相やってましたな。
 「使い捨て」と言われればば、使い捨てカメラとか、ティッシュペーパー・トイレットペーパーの一枚一枚、割箸等、長持ちしないもの、別段の愛着やこだわりが湧きにくいもの、つまりは「消耗品」「どうでもいい」と連想する。
 「どうでもいい」ものに対して人は、適当・ぞんざいに扱ってしまい、またその品質・出来栄えは問わないものだ。

 これを「使い捨て」発言をした人物の地位、つまり国会議員に当てはめて見ると、政党のトップの命令だけ大人しく聞いていればいい、個性や才覚は二の次の陣笠議員が理想となる。実際に以前の選挙では「そんな人達」が大量に当選した。
 しかし「そんな人材」は、国家を支える人物には結局なれず、やがて次の選挙で落選の憂き目を見る事になる。そうなるとその選挙区や国会そのものの流動化が激しくなり、未熟で国家の大事を担うに値しない者が要職を担う、という事態に陥ることもあり得る。

 こんな事なら、人は移り変われど先代からの気風や叡知といった蓄積を保ち受け継いでくる(可能性のある)「世襲」の議員の方が、まだ幾らかマシに思えるのは私だけではあるまい。

 しかし現実に、党内の権力闘争と没個性的で本業の才覚に乏しい人材の大量投入が相まって、政権与党は「人材が枯渇している」と評されるまでに窮する様になった。
 自分の党の中ですらこれなのだから、彼の五年以上に亘る治世の本質も斯くの如しというところか。

 企業は労働力の育成や厚生・保障に充てる費用を軒並み削減し、人材派遣会社が供給する人材は、未熟な技術力の上に入れ替わり立ち替わりが激しい為、現場では戦力になりえず、労働基準法で定められている労働時間の超過、サービス残業は当たり前、結果やがては疲労困憊の末、倒れ朽ちていく。

 簡単に換えが利くという事は、代わりは幾らでもいるという事。
 代わりは幾らでもいる為、酷使が当然となる。
 「酷使が当然」だから大して金銭や手間暇をかけたくない。

 現在問題視されている偽装請負・ワーキングプアは正にこの有様だ。 
 そこにあるのは「消耗品」として在る人間の姿だけで、「個性が大事」と謳う最近の教育の精神や、世相の反映は見られない。


 そんな日本には、昔から「使い捨て」とある種の対極的な概念である「もったいない」という言葉がある。「もったいない」(とその意味)は日本にしか無いそうだ。これをキャッチフレーズにして知事になった人もいる。
 また、長い年月を経て古くなった道具・器材には、魂や霊が宿るとみる、「九十九神(付喪神)」という世界観もある。
 昔から食べ物を粗末にする事を忌み嫌い、物を大事に扱ってきた日本の社会にとって、近年の大量消費社会の方が異常なのかもしれない。
 この点から見て、上記の国会議員自身は周囲からは三代目として、日本的な価値観の中で(多分)大切に扱われて来たが、彼そのものは「使い捨て」を善とする、実に非・日本的、現代的価値観の人物といえよう。
 そんな人物が行ってきた改革が、時が経てば経つほど懐疑の目で見られるのは当然の成り行きと言える。


 そういえば今から二年前の2006年3月17日、ある国会議員に対する辞職勧告決議案が賛成多数で可決された。
 その議員は法律違反の廉で逮捕され、党も除籍され、世から完全に見捨てられたかの様に見えた中で、一人の国会議員がこう述べて反対の意志を示した。

『私は会長、彼は幹事長。氏は今後も問題解決に汗をかいていくという政治姿勢だから。』

 その議員は、彼を無二の人物・かけがえ無き存在と見ているのかもしれない。でなければこんな事は言わないだろう。
 こういう「もったいない」に代表される日本的な価値観でもって事にあたる人達こそが、これからの日本を担うのに相応しいと思うのは私だけではあるまい。




小泉純一郎
捨てる神

杉村太蔵
使い捨ての象徴

西村眞悟
国士無双?

平沼赳夫
拾う神??





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 私も出ています(実は)。
テーマ:政治家 - ジャンル:政治・経済
2008/03/28 00:04 | コメント(0) | トラックバック(0) | pagetop↑ | 真正保守政治
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