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2009-01-07

Remember Lebanon(レバノン人女性拉致事件を忘れるな)!

 といっても、別にレバノン共和国に報復せよ!と申しておるわけではございません念の為。
 そもそも報復する様な仇も何もありませんが。

 拉致問題で最も辛い思いをしているのは、この人達なのだろうな。

息子よ日本へ…寺越武志さんの母が50回目の訪朝

 出漁先の日本海で46年前に行方不明になった後、北朝鮮での生存が判明、現在平壌で暮らす寺越武志さん(59)の母、友枝さん(77)(金沢市)が6日、現地に向けて出発した。

 北朝鮮に「救出」されたとの立場を崩さない息子と面会するため、1987年から続けた訪朝も今回で50回目。日朝関係が行き詰まる中、帰国の願いを胸に、関西空港から7日、中国・瀋陽経由で平壌に向かう。

 武志さんが叔父2人と出漁中に行方不明になったのは63年5月11日。まだ13歳だった。友枝さんは涙ながらに葬儀を行い、死を受け入れたが、87年1月、親族の元に叔父から手紙が届き、北朝鮮での生存が判明。友枝さんはその年の8月末、北朝鮮に渡り、24年ぶりの再会を果たした。許された時間は4日間だった。

 友枝さんは武志さんの帰国を求め、関係機関を駆けずり回ったが、当時の政府の反応は鈍かった。友枝さんは「帰国できないなら私が行くしかない」と訪朝を重ねてきた。

 拉致認定を求め、横田滋さん、早紀江さん夫妻らと行動を共にした時期もある。元北朝鮮工作員の証言などから拉致の疑いが否定できない。しかし、武志さんは「海に投げ出され、北朝鮮の漁船員に助けてもらった」と説明、現地には妻子と孫がおり、肩書は平壌市職業総同盟副委員長。友枝さんは、拉致被害者の家族とたもとを分かち、微妙な立場で訪朝を続けるしかなかった。「ひきょう者」とののしられ、嫌がらせの電話を受けても、「武志の方がよっぽどつらい思いをしている」と耐えてきた。

 北朝鮮での親子水いらずの時間は、アルバムや日記になって、自宅の押し入れに山積みになった。友枝さんは、硬い表情の2人が並ぶ初訪朝時の写真を手に、「21年が過ぎ、2人とも年を取ったが、状況は何も変わっていない」とつぶやく。武志さんは2002年10月の一時帰国以来、日本に戻っていない。「武志は今年で還暦。もう一度故郷の土を踏ませてやりたい」。友枝さんは帰国実現を願い、訪朝を続けると語った。

(2009年1月6日16時32分 読売新聞)


 寺越さん一家の件は、あの当時は結構中心的に取り上げられていたものだが、最近はすっかり新聞でも見なくなってしまった。
 今では横田めぐみさんや有本恵子さん等が象徴的存在となっている拉致救出運動の中で、すっかり傍流となってしまった感もあるが、こっちも忘れてはいけない。

 忘れていけないで、もう一つ重要な出来事が、表題にある『レバノン人女性拉致事件』だ。

【レバノン人女性拉致事件】

 1978年、レバノン・ベイルートの秘書養成学校に「日本のヒタチで秘書として働かないか」という求人があった。これに応じたレバノン人女性4人。しかし、ついた先は北朝鮮の平壌だった。連絡の取れなくなった4人の家族が騒ぎ始めると、北朝鮮は4人のうちの2人をユーゴスラビアまで連れ出し、ホテルからレバノンの家族に電話をさせ「私たちは元気でいるから」と偽装工作をさせた。

 しかし、この2人の女性が監視の目をかいくぐって脱出。ユーゴスラビアにあったクウェート大使館に逃げ込み、拉致の事実が発覚。レバノン政府は強く抗議。北朝鮮は当初、拉致を否定していたが、4人の女性を連れ出した犯人の一人がベイルートにあった北朝鮮貿易代表部の副部長だったことも判明。レバノン政府はゲリラ組織PFLPなどにも仲介を要請、翌年、4人はレバノンに帰ることが出来た

 この4人のうちの一人シハームさんは、元米兵のジェリー・バリッシュ氏と結婚させられており、既に妊娠していたため自ら北朝鮮に戻った。後、シハームさんの母親は一度北朝鮮の娘のもとを訪ねている。元米兵のジェリー・バリッシュ氏は1999年死亡したとされている。しかし、その後も、シハームさんは北朝鮮を出国出来ずにいる。

 曽我ひとみさんがこのシハームさんと平壌の外貨ショップに出かけた際、日本人らしい女性を見かけた。シハームさんはその女性に近づき懐かしそうに話しを始めた。後で曽我さんが「あの女性は誰なの」と聞くと、「ロンドンから連れてこられた日本人だ。産院が一緒だった」と答えたという。この日本人女性が有本恵子さんである。

電脳補完録 拉致問題解決まで


 レバノンは我々に、解決の具体的手段を提示してくれている。

 即ち『本気で救出をしたければ、軍事力でも何でも使って本気を先ず見せつけろ!』という事だ。 

 因みに、レバノンは人口は400万程、兵力は2007年時点で7万2千人ほどの国である。
 ならば、このレバノンより遥かに国力が上の日本が、自衛隊をしっかりした作戦を元に出動させれば、高い確率で救出させられるのではないのか?
 いや、そう出来ると信じないと、自衛隊に失礼だ。
 そして、それを基に交渉すべきなのだ。

 そういう意味では、日本は国として全然本気を出してはいない。
 同胞救出の為なら、あらゆる手段を行使してこそ「本気」の姿勢を示せるものだというのに、それは殆ど一切しない。

 政府はまるで北朝鮮の共犯者ではないかとすら思えてくる。
 だから、何時まで経っても全員取り戻せずにいる。



▼参照

■ 外務省:レバノン共和国

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