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最近同和行政に絡んだ不正事件が立続けに摘発されている。
「人権」「暴力」で威圧 財団理事長逮捕 去年からの部落解放同盟の動きもあわせて考えて行くと、人権擁護法案・条例で同和利権を確固たる物にしようとする勢力と、それを糺そうとする勢力が鎬を削っている様にみえてしまうのは私だけだろうか。 以下は、この事件について昨日、ムーブ!で勝谷誠彦氏が言っていた事(の大体の内容)。 『(関さんにはやっぱり出来んな。) この話通り、この事件もまた「同和利権」に司直の手により公の場に晒された一事例となった。 以前からこの手の『差別利権』というものの撲滅・粉砕を願う私の目から見ると、まぁいい事ではないかなと。他の人は知らんけども。 大阪市の問題が根が深い本質、それが「同和利権との癒着」… じゃぁ大阪では、その同和利権との癒着というのは何時から始まったのだろうか。 というより、重要なのは、「大阪が何時から赤字体質になったのか」という、分岐点。 この事について以前、生まれも育ちも大阪な、根っからの大阪人である私の親父に話を聞いた事がある。 私:ちょっと聞きたい事あんねんけど。……大阪って何時から赤字体質になったん? まぁ、こんな感じで。因みに私の親父は以前から 「大阪が赤字になったのは黒田のせい」 が持論。相当な元凶らしい。 で、上記の会話の後、大阪の赤字の元凶「黒田」について調べてみた。 歴代公選知事 1947年04月12日 - 1959年04月22日 赤間文三 3回 1959年04月25日 - 1971年04月22日 左藤義詮 3回 1971年04月23日 - 1979年04月22日 黒田了一 2回 1979年04月23日 - 1991年04月22日 岸昌 3回 1991年04月23日 - 1995年04月22日 中川和雄 1回 1995年04月23日 - 1999年12月27日 横山ノック 2回 2000年02月06日 - 太田房江 2回 ……親父…… ……ノックまでしか当たってねぇぞ… こうなると全てが外れてそうな感じもするが、外れていたのは「時期」だけで、他は当たっていた。 どういうことかはこれから書き記す。 黒田了一氏は、既に故人なのであるが、この人は元々憲法学者であった。 つまり土井たか子と同じです、はい。以下の二つが、故・黒田了一氏の人となりを我々に教えて下さっています。 自由法曹団通信:1109号 とまぁ、上記の二ページだけ読むと当時の黒田府政というのはとても素晴らしい時代に見えるが、これが私の親父のいうところのバラ蒔き行政であった。それとほぼ同意見を提示している府議会議員さんのご意見が以下。 (略)… 黒田府政時代、福祉優先施策のうち国に先駆けた老人医療費無料化をはじめ個人給付的施策の数々が黒田府政を支えましたが、左藤前府政が溜め込んだ財源を湯水のごとく使った結果、財政が傾き交付税の交付団体に転落しました。この後の岸府政は、バブルに支えられ黒田府政の赤字を大幅に改善させはしましたが、赤字体質を脱却させることはできなかったのです。中川、ノック、太田の各府政は借金を増やしつづけ、いまも解決の確かな方向さえ見つけられずにいます。…(略) 黒田氏の前の知事である左藤義詮て人は、元は国会議員・防衛庁長官経験者で、親族に法務大臣時代に死刑判決の執行命令書に判を押さなかった事で知られる左藤恵、この前の衆議院議員総選挙で落選した大阪2区の左藤章がいる。 まぁ左藤家の話は置いといて、結局 「黒田が大阪を赤字体質にした」 これは定説らしい。…大阪人だが、世代の違うモンにはもはや異次元の話に聞こえる…。 しかも先に挙げた西川府議の見解に拠ると、バブル時代を以ってすら、その赤字体質を脱却させることはできなかった… で、この赤字の元凶・黒田府政の業績を簡潔に纏めると、 ■ 1971年、高度経済成長が頂点に達し、公害等の歪(ひずみ)がぎりぎりのところまできていた(らしい)時代。 「公害知事さんさようなら、憲法知事さんこんにちは」の合言葉で、「大阪万博」を成功させ、四選を目指す左藤義詮(自民党)前知事に対して社共共闘によって競り勝ち、初の革新府政を誕生させる。因みに黒田氏は共産系の人士である。 一期目の黒田府政は、共産党に拠ると、「公害の総量規制の実施、全国一の老人福祉医療への助成(無料化)、府立高校の増設と、授業料の据え置き、保育所の増設など」を実施。 「全国の地方政治をリードした」 「憲法を生かして、福祉、教育、環境、中小企業分野で全国に誇る施策を実現」 と悉くこれを自画自賛しているが、その内「老人医療助成、公害規制などは、やがて国の施策としても取り入れられるようになりました。」というのは本当なので評価する。 ■ 1975年 社会党・総評が統一から離脱し、社公民推薦、自民推薦と三つ巴の選挙に勝利(二選)。 二期目は、共産党のサイトに拠ると、折からの石油危機に起因する不況等で財政難に追い込まれ、少数与党の中で揉まれる。更に顔面神経痛に悩まされてたらしい。 一方で、「福祉の増進と、無担保・無保証融資制度の創設など中小企業支援を進めつつ、府民とともに赤字再建団体転落の危機を回避しました。」とある。 ■ 1979年 三選を目指すも、自、社、公、民など六党、財界、労働界をあげての相手に敗れる。以後、大阪では、この図式が今日まで続く。 共産党の総評としては、 『2期8年間の革新府政は、地方自治のあるべき姿を示しました。』らしい。 が、黒田府政がそもそも何でこんなに重福祉(というより福祉偏重)政策が採れたのかといえば、時代的な要請もあるのだろうが、しかし結局は左藤前知事時代までの、潤沢な黒字財源が最大の基盤だった。 地方交付税制度創設された1954年当初より、大阪府は1976年度(=黒田府政二期目二年目)までは不交付団体だった。にも関わらず、交付税の交付団体に転落する事になった。 それは、税金の配分を見直すのではなく,従来の税金配分はそのままとし,福祉に対して財源を湯水の如く使ったという、黒田府政の本質の一つの証明であり、再び不交付団体となったのは、黒田が府政が退いて六年後の、1985年である。(地方交付税について) その事は、、共産党のサイトには一見書かれていない様に見えて実は半ば認めている。 共産党のサイトにも、「赤字再建団体転落の危機を回避しました。」とあるのがそれで、黒田府政というのはそんな危機的状況になるまで財政悪化を招いていた。 黒田府政を称える者が身近にいるとしたら、それは紛うことなく共産主義者だろう。 因みに共産党のサイトに出てくる『府立高校の増設も、黒田府政の施策』に関して、黒田府政のムダっぷりについての個人的な体験を話すと、私が何処の高校に入学するかどうか決めかねていた当時、中学校(の教師達)は、出来るだけ優秀な生徒を、地元のとある偏差値的に三流(というのは失礼だが当時本当に言われていた事だ)の、比較的新しく建てられた高校に進学させる運動、、みたいな事をクソまじめにやっていた。 当時洞察力ゼロの私でもこの話には乗らず、別の進学校へ入学した。というより、優秀な生徒なのなら、尚更もっといい高校に推薦するべきだろ普通、、と。 それと、学校といえば教科書だが、中学か高校か、どっちかで「にんげん」という教科書、または冊子が配布されていた。 差別問題を取り扱った内容だが、学校ではこれが使われる事は殆ど無かった。しかも表紙が凶々しくてとても好感は持てない。実に教科書としては最悪だが、アレも所謂「バラ蒔き行政」の成果と思われる。 で、最近その高校の前を通って思い出したが、あの高校は、結局は黒田府政の遺産、というか遺物で、本来は無駄そのもの。多分学区制を半ば利用した、地元の教育組合かなんかの方針で、あの高校(の職員を失業させない為)に、地元高校への進学を強引に推進してたんだなぁ、、という事だろうなアレは。確かあの高校も公立高校だったはず(忘れた)。 黒田府政の二期目からは、選挙当初から「社共共闘」が崩れているが、これは「同和」が大きく影響している。 3、黒田革新府政の誕生 遠因としては、先ず、黒田氏が知事に成る前の1969年、住環境や道路の整備などの同和対策事業を推進する為に同和対策事業特別措置法が施行された。 次に当時、既に戦後の部落解放運動は、自民党系の全日本同和会、共産党系の全国部落解放運動連合会(=全解連)、そして社会党系ともいえる部落解放同盟の三派に分裂した時代である。 また一方、この特措法の恩恵に与る対象の一つである部落解放同盟は、当時から「窓口一本化(自治体が行う同和事業は全て部落解放同盟を窓口にすべしとの主張)」に於いて、後に黒田氏を擁立する共産党と対立していた。 上記の同和の対立構図から言えば、何時共闘が解消されても可笑しくは無かった。 それでもまだ、黒田府政一期目当初は共産党と解放同盟の中は険悪、という程でも無く、その証拠として社会党(=部落解放同盟)と共産党(=全国部落解放運動連合会)が協力して勝利した「社共共闘」という事実がある。 が、黒田府政一期目後半である1974年に起きた『八鹿高校事件(共産系と解同、双方が絡んだ件では過去最大の障害事件)』を機に対立は頂点を向かえ、「窓口一本化」で部落解放同盟を支持する社会党もまた共産党と激しく対立。1975年の東京都知事選挙では、所謂60年代〜70年代の、革新自治体時代を代表する人物であった美濃部亮吉前都知事が、一時三選出馬を断念すると表明するに至る程の深刻な状態を呈し、黒田氏もまた共産党単独支持で府知事選を戦う羽目となった。 「全解連のあしあと」に出てくる『府同促』というのは、大阪での同和行政推進に当たって、地区住民と行政が共同して取り組むために、初代公選知事である赤間文三氏の時代に設立された、同和事業を実施する公益法人(財団法人)・『大阪府同和事業促進協議会』の略称。 府下の各市町村には『同和事業促進地区協議会(地区協)』がある。 現在、府同促は『大阪府人権協会』、各地区協も『人権協会』などの名称に改称されている。 事実上、部落解放同盟が中心になっている組織で、府知事や府下の全市町村長も参加している。 この事からも解る様に、同和事業促進協議会や人権協会は、官民が密接な構造である為、当然の如く同和行政の実態は分厚いヴェールで覆われる事になる。 一般人が例えば情報公開請求をしても、 「差別を助長するおそれがある」 「プライバシー保護」 等の理由でほとんどが門前払いが通例であり、同和行政が斯様な「密室行政」であるところに解同等の同和団体との癒着関係が生まれ、『同和利権』が横行する根本的原因が生まれる。 つまり「府同促」こそが、大阪での、所謂「同和乱脈行政」のはしりと言える。 その成果が以下。 【大阪裏事情】「差別」のない社会とは?同和地区を訪ねる その1 更にその実態が暴かれた場合が以下。 部落解放運動の転換へ/組織名変更を提起/全解連が大会 そういえば、先の衆議院議員総選挙の結果、大阪ではこれまで長年国政に居た政治家が悉く失脚しているが、この変動が、最近の同和行政絡みの不正に基づく逮捕にも影響を与えているのかもしれない。 これらからの諸情報を総合して見るに、 ■ 同和対策事業特別措置法は、住環境や道路の整備、生活環境の改善などの同和対策事業を推進する為。施行は1969年で、黒田氏が知事に成る約二年前。以後三十三年間、特別対策が行われてきた。これがその後の「同和利権」を根深くさせる遠因となっている。 ■ 特措法の性質と、解同系の大阪府同和建設協会(同建協)の加盟業者が逮捕され、その背景には元・解同中央執行委員長の上田卓三元衆院議員が会長を務める中企連=大阪府中小企業連合会と阪神高速公団の癒着がある事や、大阪市等では事業目的がないのに「解同」の言うまま土地を買いあさり、「人権協会」に管理委託して多額の維持管理費を支払い、駐車場として利用させ、広大な未利用地を「解同」の利権の対象として利益を得させてきた事等からも、同和の土地や建築業界での利権は深く大きい事が解る。 経営破綻しまくっている第三セクターは「財界奉仕」とよく言われているが、実際のところ大型建築物の多さが目立つので、これにも同和が絡んでいそうである。 ■ 食肉業界最大手のハンナングループ総帥・浅田満氏は、大阪府同和食肉事業協同組合連合会(府同食)の会長や、大阪府食肉事業協同組合連合会の副会長、解同の外部団体・部落解放大阪府企業連合会(大企連)副理事長を務めるなど、食肉業界に絶大な影響力を持つ人物。府同食顧問の山口公男氏は、元「解同」大阪府連副委員長。その力の背景にあるのが同和や政治家の存在で、その影響力を背景に、食肉業界での「同和利権」をふりかざして最大手に。 因みに大企連は、同団体経由の税務申告は事実上フリーパスで認めるという「七項目の確認事項」を一九六八年に税務当局との間で結んでいるほど税務申告に於いて特別優遇されている。 二期目に於いて、一期目と異なり、共産党単独与党であるにも関わらず改善しない府の同和行政に対し、1978年になって共産系の「全国部落解放運動連合会」が文句を突きつけ、黒田氏もこれを受け「(今後は、)まちがいなしに公正な同和行政を実行する」と合意文書を締結したりしているが、先日の事件を見ても解る通り、結局「府同促」から始まる「同和利権」は改善されていなかった事になる。 裏を返すと、全解連がこんな行為に至るという事はつまり、黒田府政時代は特措法が施行されて比較的直ぐである事や、黒田の基盤である共産党系が解同と繋がり深い社会党系と然程対立していない事を考えると、黒田のバラ蒔き行政と相俟って、特に一期目に於いて同和行政問題は悪化していき、その後の大阪に於ける同和利権を根深いものにした様だ。 現在、府政悪化の原因としてよく挙げられているのが、以下の二つ。 ■ 府財政が悪化した大きな要因は、府税収入の柱となる法人二税(事業税、府民税)が長期不況の影響で落ち込んだためだ。法人二税の本年度当初予算額は三千三百三十五億円で、ピークだった一九八九年の40%の水準にとどまっている。(大阪日日新聞 2004大阪府知事選) ■ 府税収入が減少し経常収支が悪化しているにもかかわらず、政府の「景気対策」への追随と関西財界の期待にこたえて、起債と基金取崩しによる普通建設事業を強引に進めてきたことが、今日の府財政危機の最大の原因である。(グラフで見る大阪府財政) これらは実際に事実であるが、しかし大体はここ二十年間の話が中心で、黒田府政時代(三十年前)については視野に入れられた分析ではない。 基本的に黒田以降の、ここ二十年間の歴代知事が累積的に赤字を増やしたのに対し、黒田は一代で黒字から赤字に一気に転落させた事から、もっと言えば、黒田府政後のバブル時代を以ってすら、その赤字体質を脱却させることはできなかった事から見ても、現在の大阪の赤字体質は黒田時代のバラ蒔き行政に負うところが絶大だと思われる。 このGW期間中、先に挙げた地元の高校の前をたまたま通ったが、其処は来年閉校する予定であることが、学校の正門に立て掛けられた看板に書かれていた。 あの進学運動は結局なんだったんだろうなぁ、と思い出す今日この頃。 ■ 参考資料 法政大学大原社研 1979年大阪府知事選をめぐる各党の動き〔日本労働年鑑 第50集 419〕 衆議院会議録情報 第074回国会 地方行政委員会 第4号 参議院会議録情報 第112回国会 決算委員会 第2号 ヒューマンライツ 『別冊宝島Real 同和利権の真相』への見解 広原盛明の「市民フォーラム」
★注意:当ブログ記事では、文章の流れ等によって敬称を省略している場合があります。御了承下さい。
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